負の感情は自分にいろいろ気づかせてくれる。

 「寂しい」とか「嫌だ」とかいう負の感情を認めるのが恥ずかしい。だから、理性で感じてもいない嘘の肉付けをして「正統な怒り」に変える。でも実際、そんなにシステマティックな感情なんてあるわけなくて、それで誰かを責め立てたり、誰かに相談したりしたところで、何も解決にならない。そして、違和感を感じて、また嘘の肉付けを繰り返し、ココロのメインメモリに巨大な違和感の塊を作り上げる。

 「寂しい」って思うことも「嫌だ」って思うことも全然恥ずかしいことじゃない。二十過ぎた男だって「寂しい」くらい思うことだってあるんだ。いっぱい話したいとか、何してるか気になるとか、そういう風なことを思うくらい、その人のことを大事な存在だと思ってるんだから。

 でも、まぁ、やっぱり照れくさいから、直接は言えずに悶々として、やっぱり「寂しい」ってなっちゃうんだけどね