『地獄少女』を見てた。地獄通信というサイトにアクセスすると、自分も死後、地獄に落ちる代わりに、恨んでいる人を速やかに地獄に送れるという内容の作品。

 中に出てくる人達は、どうしようもない苦しみから逃れるために他人を地獄に送る人もいれば、誰がどうみても理不尽に地獄に流そうとする人もいる。また、思いのすれ違いから生まれた憎しみもある。

 自分の理解できない憎しみを持つ人に湧くのは怒りだが、自分も理解できる憎しみを持つ人について抱くのは悲しみだった。

 過去に、自分も人を憎んだことがある。どうしようもなく苦しくて悲しかったからだった。自分の存在を否定され、全てを失ったような気がしていた。また、過去に、人に憎まれたこともある。自分を守るためだった。仕方ないことだったのに、何故、憎まれるのかと憤った。そんなにひどいことにはならないと思ってたけど、運が悪くて、悪い方に転がってしまっただけだった。

 いい人でも、ときに憎んで恨んで、たった一つの怒りを根に持ち続けたりする。また逆に他人にそう思われたりする。自分に近ければ近い人であるほど、憎んでしまったとき、ひどく憎み、憎まれたとき、ひどく憤る。

 憎悪による悲劇を減らすために。

 人を憎みそうになったとき、まず自分が「悲しいんだ」と自覚しよう。そして、何に悲しいのかはっきりさせて、対象に冷たく酷く当たる前に、「○○だったから悲しい」と伝えよう。憎むのは、それを話しても分かってもらえなかったあとでもいい。

 逆に人に憎まれたときや、人を憎む人を見た時には、憤る前に話を聞こう。人を憎むとき、人はきっと悲しさに気付いていない。気付かせて、何に苦しんでいるのか、受け止めてあげよう。誤解されてたら、誤解を解こう。

 他人を憎む人はすごく醜い。できれば、接することは避けたい。でも、そうやって避けるとわからなくなる。誤解を産んで傷を深くする。どうしようもないクズの抱く憎しみでない限り、全ての憎しみはそういう意思疎通の欠如から始まる。

 「絶対に許さない」という決意。「許して元通りに接したい」と願う行動。

 どちらを周りが応援するかは明白だよね。