mixiでいじめ問題について「いじめられてる方にも問題がある」とか「加害者は殺人者だ」って論じてる人を見た。あと、「誰かに話していいよ」とか「いつか乗り越えられる」とか優しそうでどこか無責任な言葉。

 なんか、そういうことにたいして、自分が感じる違和感について考えてみた。

 幸い、自分はいじめられたことはないから、いじめに遭った人の気持ちはわからない。けど、いじめる人の気持ちは正直、わからんでもない。共通の敵作って、仲間と仲良くやりたいとか、優越感に浸りたいとか、なんとなく分かる、そんな感じ。

 たぶん、そういうところは割とみんな持ってると思う。けど、理性で抑えてる。いじめるのは、ある種、こういう理性を失う心の病気。

 入院中にいろんな精神病を患った人と接して、後天的な精神病はいつだって、本人に問題があったわけじゃなくて、環境に大きな問題がある。

 いじめ問題って「誰々が悪い」と罵るだけの話じゃなくて、じゃあ、自分はどう考えていかなくちゃいけないのか、まわりにどう伝えなきゃいけないか。それが大事。

 目先の問題に注目して、加害者や学校や教育委員会とかを悪者にしたりすることばっかに躍起になってる。もちろん、悪かった誰かを処罰することは大切。

 でも、自分がどう考えて、どう伝えるか。いじめ問題は巡り巡って「貴方」の問題だと思うんです。

 自分はどうやって劣等感を抑えているか、そもそも劣等感を感じない人はどういう考え方なのか。そういうことを発信していくことで、ちょっとずつ社会全体の歪みを矯正していけるんじゃないだろうか。