「敬意」というのは、「敬い崇め奉れ」などということを言っているのではありません。もっと単純な話で「相手のおかげ」という気持ちを持とうという話です。

 敬意を持って動かなければ、人の心の機微に鈍感になり、「自分が楽しいからいい」「自分が楽だからいい」「自分が嬉しいからいい」などという自己中心的な考え方になってしまいます。敬意を忘れた「いじり」は「いじめ」になり、敬意を忘れた「批判」は「悪口」になる。

 人と約束するときはその人の時間を「いただいている」という意識を持つべきで、さらに言えば、本来は無意識的にそれを感じるべきことです。遊びの約束ならば、待っているその時間も遊びの時間なのですが、仕事の約束ならば、待っているその時間も仕事の時間です。つまりは、仕事の約束での遅刻は乃ち、すぐに始めれば余っていたはずの時間を相手から奪っているのです。また、仕事の最中の無気力も同様で、本気で話し合えばすぐに終わることですら、無気力がために、時間を相手から奪っていることになるのです。

 「遅刻しない」とか「やるべきことには精を出す」とかいうことは当然なことですが、自分の周りには酷く忘却の彼方に追いやってしまっている人が多い。そういう腐った人間に時間を無駄に費やし疲れ果ててしまう。もちろん、これは自分の管理能力のなさも影響しているのでしょうが、管理されなければ基本的なこともできない人間は情けない。

 
 人への敬意は消して忘れぬようにしたいものです。