今日、次の記事を読んだ。

「県魅力度」3年連続最下位の茨城、今年は…
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120923-OYT1T00175.htm

 なんとなく、これを読んで漠然と感じたこと。

 幸い、地元の京都は二位という素晴らしい順位を守っています。でも、何故かいまひとつ喜ぶことはできません。なんというか、京都よりも順位の低い長崎も福岡も、それぞれ行ってすごく楽しかったし、そもそもこういうことは比較することができないんじゃないかと思います。

 どういうアンケートの内容だったのかは分かりませんが、少なくとも「魅力度」という言葉は不適切ではないかと感じます。

 最近、尖閣諸島の領土問題で中国で大規模なデモ活動と銘打った破壊行為、強奪が行われています。それを受けて「中国が嫌い」という人がいます。また竹島の問題を受けて、韓国についても然り。

 でも、何か違う。上手く言葉にはできないけど、何か違う。

 中国で行われたデモの内容は決して許されるものではないですが、だから「中国が嫌い」「アンチ中国」というのは短絡的な思考で、何か不思議な違和感がある。私には中国から留学してきた友達もいるし、韓国から留学してきた友達もいるし、在日朝鮮人の友達もいますが、決して悪い奴らじゃない。なんというか、旅行には行ったことがあっても、中国で暮らしたこともなく、韓国で暮らしたこともないのに、「中国が嫌い」とか「韓国が嫌い」とかいう思考は、そいつらの故郷の良い所を何一つ見ずに侮蔑しているような気がする。

 私は、後輩に「京都が嫌い」と言われたときに憤った。

 「お前は京都の何を知っているんだ」と。

 私は19年間京都に住み続け、4年半福岡で暮らしました。たぶん私は京都を馬鹿にされても、福岡を馬鹿にされても、怒ると思う。無論、日本を馬鹿にされても同じです。

 何か中国の行為を批判する人たちの中には、メディアの煽りにのせられて「嫌中音頭」「嫌韓音頭」を踊っている人もいる気がする。

 私は竹島・尖閣は日本の固有の領土であることは間違いないという立場です。絶対的に日本を支持します。中国のデモで行われた行為についても、決して赦されない大規模な犯罪行為であるという認識です。

 でも中国や韓国のこと嫌いじゃないです。愛すべき隣国であるからこそ、仲良くやりたい。仲良くやるためには、されて嫌だったら嫌だとはっきり言わないといけません。でも、嫌なことをされて「お前のこと嫌いだ」と言ってしまっては、その後何も生まれないのです。小学校の中であれば転校したり中学に入ったりで全く関係ない所に行けましょうが、国は引っ越せません。だったら、お互いの良い所を探しながら、嫌なことは嫌と言い、嬉しいことをされたら「ありがとう」と言う。そういうことこそが大事なはずなのに、ニュースで踊る「嫌」の文字。

 政治の「せ」の字も知らぬ素人の理想論ですが、「お前のことが嫌い」というだけでオシマイにしてしまうのは確実に間違った方針なのです。別に「中国・韓国を好きになれ」と行ってるわけではありません。

 結局のところ、私がこの日記を書こうと思ったのは「〜が嫌い」という言葉を聞くたび、なんだか悲しい気持ちになってしまうんです。嫌いなものを叫ぶより、好きなものを叫んで欲しい。それだけを言いたいんです。